[The Wedding-island]
(悠里様の作品)

悠里様からの投稿でお題テーマ「ジューン・ブライド」の投稿作品です。
既に悠里様の御自身のサイトに掲載された物ですが当同盟に投稿しております。
「ときめきトゥナイト」のパラレル物で カルロ×蘭世のカップリングだそうです。
ルーマニア留学生蘭世とカルロ様、という設定になっています。全5話です。
悠里様、誠にありがとうございました。

第一話

青く澄み切った 空。
日本の梅雨とは違い この国の今の季節は とてもさわやかで穏やかだ
青い空 ふうわりと流れる雲の合間を 1機の大きなヘリコプターが飛んでいく

青い空をさらに濃くした青い海 鏡でこしらえたかのように穏やかな水面
「あっ・・・見えたわ!」
その中に ぽっかりと一つの島が見えた。
やがて、だんだんとその島が大きくこちらへ迫ってくる。
その島の丘の上に 大きな白い屋敷が一つ見える。
それはカルロ家の別荘のひとつであった。
その前庭の緑なす斜面に長く白い階段が見え・・
そのまわりに何人もの人が見える。
今居るのは今日ここで開かれる盛大なパーティの最終準備をしている面々だ。
来賓は数時間後に船でこの島まで運ばれてくる予定である。
「うわぁ・・」
窓から下を覗き込み その光景を見て蘭世は胸ときめかせる。
(わたしたちのために こんなに沢山の人たちが準備してくれてる・・!)
そして 今日は いよいよ。
蘭世は感激で思わず瞳を潤ませる。そんな蘭世にカルロは後ろからそっと肩を抱き頬に口づけた

そう。今日 これから この島で カルロと蘭世の結婚式
  そして披露宴が行われるのだ。
今日のふたりのいでたちは・・普段からきちんとスーツを着こなしているため
いつもとさほど印象の変わらないカルロとこの日のために用意した白いツーピースの蘭世。
勿論 ふたりとも 現地入り用の服、控え室での服、結婚式の服
  パーティでの衣装 (途中で何度かお色直し)、そしてパーティ終了後の服 と
  もうそれは沢山の衣装があり今着ている他の服は 自分たちとは別便で 会場となる屋敷に届けられている。
日本でもパーティを開く予定だが、「結婚式」はこの場所で行うことになっていた。

・・・数ヶ月前。

「思い切ってウエディングドレス姿でヘリから登場ってのはどう?」

今回の結婚式に ベンが外部からウエディングプランナーを雇い入れていた。
華やかな催し物の計画・・しかも主役はカルロはともかく・・若い女の子蘭世である。
彼女の友人達も同世代だと気づいたベンは 自分がパーティの計画を練るには少々
センスが足りないと割り切り 雇い入れに踏み切った模様。
そしてベンは裏方で 密やかに かつ確実にふたりを守るためイベントの警護計画に没頭するのだ。

プランナーは女性で、そのカルロの別荘がある国出身であった。
椎羅より少し若いくらいに見えたその女性は 結構夢見がちで乙女チックな性格であった。
そして”セレブなんだし思い切りドラマチックに豪華にやりましょうよ!”と
いろいろあれこれ・・

音楽の演奏は 生の音楽隊を招致 指揮者はその国一番の有名人を
勿論ウエディングケーキはフランスの3つ星パティシエに依頼
料理はルーマニアの伝統料理も作れる これまたフランスの3つ星シェフを探し出して
招待客にはおみやげに ドラジェなど通常のプレゼントに加え
女性にはそれぞれの誕生石のついたネックレス
  男性にはプラチナのキーチェーンを

「会場中を カサブランカと蘭で飾るわ・・それこそ溢れるばかりに。
おふたりにぴったりの花でしょ?お料理がパーティーの散文ならば 音楽はパーティの叙事詩・・
 そうそう!パーティの終わりには夜になるし花火もあげましょう!どどーんと盛大にね。」

・・・なにかと大がかりな提案をもする。

ウェディングセレモニーの打ち合わせは蘭世も顔を出した。
カルロは「ランゼが良いと言えばそれでいい・・進行表は決定したら送ってくれ」
といい、殆どノータッチ。

「ヘリコプター?!ウェディングドレス着て??」
「そう!空から舞い降りた天使みたいでしょ?」
「でも・・・それはちょっと成金趣味みたいで・・困ったなぁ〜」
「?ナリキン てなあに??」「・・・ええっとねぇ・・・」

蘭世は日本語の意味を説明するのに言葉が見つからず一苦労。
蘭世の頭の中では 日本のテレビで見かけた○○殿結婚式場のゴンドラが過ぎっていたのだった。
あれの、金持ちバージョンだと蘭世には思えたのだ。

ベンも警護の立場から必要で セレモニーのプランを色々彼女から聞くのだが
そのたびに目を白黒させていた。ただ ラテンの血を引くらしい彼女は情熱的ですこしもひるまない

そして、当日。

べつに彼女の提案に従ったわけではないけれどカルロと蘭世はヘリで当日朝に現地入りした。
勿論、先程述べたシンプルな出で立ちで 招待客よりもひとあし先に、だ。
パーティのスケジュールは緻密で 前日から会場の屋敷に泊まれば余裕も多少出来るのだが
夜通し行われる会場の準備の騒音、そしてその当日夜
  来客用のホテルともなる屋敷は やはりその準備のために慌ただしく
荷物や人が出入りし  とてもふたりが安らかに眠れるとは思えないとの判断で
カルロと蘭世は近くの高級ホテルに 宿を取り早朝ヘリでこちらへ向かったのだった。

「おはようございます。いらっしゃいませ!・・昨日はよく眠れましたか?」

丘のはずれにあるヘリポートへカルロ達は到着した。

ブルネットの髪と瞳のプランナーはにこやかにふたりを出迎える。
まだ彼女の服は現場監督仕様で 青い襟元が開いたシャツを腕まくりし白いサブリナパンツのラフな格好であった。

「おはようございます・・うーん どきどきして眠れなかった えへへ」
カルロに手を添えられヘリから降りた蘭世も 元気な笑顔で挨拶をする。
そしてカルロの方は いつものようにサングラスをかけ coolで・・・
朝の海を渡っていく風と ヘリが巻き起こす風とで皆の服の裾が嵐の海のようにはためく。
カルロの金色の髪も そして蘭世は女らしいアップで前髪が強い風になびいていく

「まぁお休みになってませんの。大変。でも花嫁さんはみんな前日はそうですわ。」
彼女はにこにこといつも愛想がよい。
「・・では 参りましょう。お屋敷に着いたら今日の流れを確認がてらもういちど説明させて下さいね」

カルロの方へもにっこりと(花嫁さんの手前控えめに)
スマイルを送って先導する。
(にしても いつ見てもハンサムな新郎さんよねぇ・・・映画俳優みたいで。
で、周りのこわもてな黒ずくめサン達はSPってところかしら
  やっぱり金持ちは違うわね〜)
ヘリに搭乗していた2名と 島から迎えた4名でカルロと蘭世の周囲には少し遠巻き気味に今6人の警護が。

そんな野暮事を考えつつ足取りの方は颯爽と屋敷へ続く白い階段を登っていくのだった。

で、ときどき彼女は後ろを振り返る。
なにか世間話で和ませようと思ったのだが・・
(・・・ごちそうさんね)

お人形のように可愛らしい新婦の小さな肩を彼はそれこそ大事そうに抱いて階段を上ってくる。
そしてふたことみこと言葉を交わし、新婦がにっこりと笑えばそのたびに新郎はその頬に こめかみに キスをしている。

気分も もうこれ以上はないほど 盛り上がっているふたりらしい・・


第二話

数時間後、式に参列する客を乗せた船がこの島の港へと入ってきた。

結婚式場は広い庭の一角にあるガーデンで行われることになっており
  (吸血鬼の望里を気遣って ”チャペルで”というのは暗黙のうちに
 とりやめになっていた。それでも牧師は来るのだが)
控え室、当日宿泊する客人のための部屋などはカルロの別荘であるその大きな屋敷の部屋が使われていた。

そして。

外観も白亜の豪邸であるその屋敷は内部も天井が高く取られ全体が明るい構造となっていた。
光のさす広い廊下の奥 柔らかな絨毯を踏みながら進めば
重厚な木でできた大きな扉の前に辿り着き・・ そこで望里は立ち止まった。
勿論後ろにはこの日のために着飾った椎羅と小さいな紳士といった風体の紺のブレザーに赤い蝶ネクタイ姿をした可愛い鈴世の姿もある。
望里は少し緊張した様子でタキシードの襟元をただすと一つ咳払いをし・・分厚い木の扉を軽くノックする。

「・・・いいかな、蘭世」
「お父さん!・・お母さん、鈴世も・・!」

望里が扉を開けると 元は客間のひとつらしいその広い部屋の中央には。
白銀に輝くドレスを纏った 花嫁・・蘭世の姿があった。
大きく拡がる純白のドレスは 光の調子でときおり銀色に輝き美しいヴェールもゆったりと蘭世を包み込んでいる

蘭世は望里達の到着を喜び、思わず椅子から立ち上がる。
「ああ、そのままそのまま。わし達がそっちへいくよ」
ひさしぶりの家族との再会と言うこともあって蘭世の表情はうれしさに満ちあふれている。

「おねえちゃん きれい・・!」

我が娘ながら 久々に会って見るその姿は 親の目でも数段に輝いて見えて

カルロに出逢ってから 蘭世は実に美しくなった。
それは蘭世が彼らの洗練された世界に触れているからでもあり
そして何よりもカルロという男に大切に愛されている証でもあるようだ・・・

プラチナの豪華なネックレスが胸元でいくつものきらめきを見せている。
「おねえちゃん お姫様みたいだね!」
鈴世はたたた・・と蘭世の元へ駆け寄りドレスの裾を踏まないよう注意深く背伸びをして蘭世の耳元へ口を寄せた。・・それは内緒話だ。

(このドレスはあのプランナーおばさんの趣味じゃないね?)
(やあね鈴世そんな言い方。)
(でも違うでしょ)
(ん。・・まあね)

蘭世は少し困ったような笑顔で鈴世を見ると鈴世も悪戯っぽいウインクを返してくる。
(このドレス選んだの、カルロ様でしょ?・・すごいカッコイイもん)
(かっこいい・・ね ふふ)
シルクにプラチナを織り込んで出来たそのドレスは
  生地の良さを最大限に生かして 派手になりすぎず シンプルだが華やいでもいて 非常に上品なデザインであった。
ドレスの上に星のようにちりばめられた煌めきは スパンコールではなく小さな色とりどりのダイヤモンド・・・

「いよいよだね!おめでとう おねえちゃん!」
「ありがとう、鈴世。」

「パーティ会場見てみたんだけど すっごい派手派手で綺麗だね!さすがカルロ様のおうち お金持ちだーすごいって思っちゃった」
鈴世が興奮して 両手を振って蘭世に報告する。
「お金持ち、ね・・」
その言葉に蘭世はふと何かを思いだしたようだ。
そしてぽつりぽつりと語り出す。

「私はもうすでに ダークの奥さんになってて毎日それはね・・それはもうとても華やかで 幸せな暮らしをさせて貰ってて」
蘭世は少し はにかんだ表情を見せる。
「それで もう・・これ以上幸せになっちゃったら怖いなあ ばちがあたりそうなんて思っちゃって それでね」
「それで?」
「ダークが”式をあげよう”って言ってくれたときどうしようって返事に迷っちゃったの」
「どうしようって・・式をやめちゃうってこと?」
蘭世が微笑みながら小さな弟に向かって頷くと 鈴世は驚く
「なんで?おかしいよ、 ばちなんかあたらないよ!!」
むきになって言う鈴世に まあまあ続きを良く聞いてと 蘭世は告げる

「幸せすぎて怖いって 素直にダークに言ったの。そしたら・・」
「そうしたら?」

「そのとき ダークはね、
『”外交のイメージアップのためにも 是非式を執り行った方がいい”
 なんて無粋な進言をする部下もいるにはいるんだが・・私の想いは別にある
 それよりも私は神の前で お前をこれから未来永劫幸せにするのだと
   神と そしてお前に誓いたいのだ
 私は何よりもそう強く思って居る だからどうか
  私におまえと結婚式をあげさせてほしい』
 って・・・ 」
言った端から真っ赤になり 顔から湯気が出そうな勢い。
あわてて ひゃーっ とか言いながら 蘭世は手袋をはめた両手で顔を覆う

「お姉ちゃん 本当に目一杯幸せ者だね!」
「そうねぇ妬けるくらいだわねぇ〜」
「うおっほん!」

そして 望里は優しく告げる 「蘭世。わしらもおまえはもうすでにカルロのところへ
嫁がせたものだと思っているし
 実際そうなんだが やっぱり
 蘭世の花嫁姿はわしらも見たかったから これで良かったと思うよ」
「ぼくもおねえちゃんの花嫁姿見られて嬉しいもん!」

それからまたとりとめのない話をして ふと間が出来たとき
  蘭世はドレスの裾を揺らして立ち上がり望里に向き直る。
そして。真摯な顔をして・・
「おとうさん。 いままで 本当に・・」
「わーっ いい いいよ蘭世。わしは十分わかってるから」
今言われると泣けてしまう。まだ式も始まっていないのに
望里は慌てて顔を赤くしながら手を振ってそれ以上は御免という
ジェスチュアをする。
「それでも言わせてお父さん。そしてお母さん。今まで私を育ててくれて
  本当に有り難う そして 勝手に家を出ていって 本当に悪い子でした
  ごめんなさい」

そう言って蘭世は 頭を深く下げる
彼女を江藤家から連れだしたのはカルロだが大人しく彼についていったのは蘭世だ。

「良いのよ蘭世。あなたがもうとても幸せだというのは 一目見ただけでわかるから。」
「おかあさん・・」
「わしらの願いは 蘭世、おまえが幸せでいることなんだよ 経過がどうであれ
 蘭世が選んだ道で それが幸せだというならば お父さん達は祝福するよ」
「おとう・・さん・・!」
「 ・・・健康に気をつけて これからもがんばるのよ 」
「うん・・お父さん、お母さん・・!」
「そして いつでも 遊びに戻っていらっしゃいね」

感極まって涙を零す蘭世を椎羅は包み込んで あららお化粧が崩れちゃうわよと少しおどけて微笑んでみせる 望里の方は もう黙って後ろを向いて ・・もちろん 涙。

ふと窓へ目をやると そこからは小さく港が見える
  「あら また船が入ってきたわね」

「今度はお友達が来たんだわ・・!」

式も もうすぐ始まりの時間だ。


第三話

6月は素敵

日差しはまだ柔らかく 春の名残を残しつつ夏への期待に満ちあふれて
風も肌に優しくガーデンの薔薇は一斉に咲き誇り あまやかな香りを空気に含ませる

屋敷の敷地内にあるいくつかの丘のひとつに ガーデンは存在した
生成り色のタイルが敷き詰められた広場が中央にあり おそらくこの場所は
屋敷の代々の当主が 人々を集め何かの催しに使ってきたに違いない
あるときは同じように婚姻を祝うために
あるときは客を集め人心を捉えるために
またあるときは戦う者の士気を高めるために

そして今日も 広場にこの日のためだけに長い座席がならぶ
パーティ会場はカサブランカと蘭で埋め尽くされても
式を執り行うこの場所だけは ここに咲き誇る薔薇の花の色と香り
そしてその葉の濃い緑に彩られて

波の音遠く近く その合間に人々のさざめきが流れている
ガーデンにしつらえられた席に座る人々はいまかいまかと主役の登場を待つ

こちらは新婦側の招待席。
蘭世の通っていた学園のクラスメイトや寮生たちが並ぶ
日本からも 楓や曜子の姿が・・・
若さに満ちあふれここにも華が咲き競うよう 色とりどりの この日のために あつらえただろう素敵な服を着て。

「ねぇ・・」
参列者のひとりが蘭世のルームメイト・・タティアナに声をかけた
「ん?」
「新郎側のひとたち、 どっからみてもとてもお金持ちだけど紳士な人たちの 集まりにしか見えないんだけど」
「それはどういうこと?」
「だ・か・ら・あ。」
タティアナを肘で突っつきながら新郎席の方へこっそり目配せをする
「そういう方面の人たちに見えないんだってば」
「ばっ・・やあねえ」

思わずタティアナも新郎側の席をちらっと見はするが 慌ててすぐに視線を戻す
このひとたちは 紛れもなく マフィアの重鎮達だ

カルロは蘭世より13も年上だが それでもマフィアのボスとしてはうら若き男
近隣のボス達と言えば もうそれは40も50も来ている壮年ばかり
さぞかし迫力が・・と思うのだが どうにも皆身なりの良い紳士淑女ばかり
「見た目に惑わされちゃダメよイリナ。そういう紳士な人たちに限って みんな部下を一杯従えた上層部の人たちなんだから」
タティアナはやけに色々知っている。イリナはわかっていても少し未練があるらしい。
「親戚かなぁ・・あの金髪の若い人も素敵なんだけど」
「いいわよイリナ 玉の輿でも狙ってみる?蘭世みたいに」
あきれてため息混じりにタティアナが言うと イリナも少し考えこみ・・やっぱりため息。
「・・・・無理だわタティアナ。蘭世みたいに清くないもん私」
「ぷぷっ」
思わずタティアナは吹き出し 慌てて口を押さえる
「なにそれ?イリナったら」
「清い・・・蘭世みたいに真っ直ぐ純白な心でないと かえって マフィアの闇に飲み込まれそうよ」

蘭世とおなじくらい 初々しい娘達に 新郎側の来賓の男達も心動くが。
「・・・みんな惑わされちゃダメよ!」
キケンなんだから。とってもね。
世話焼きタティアナの前宣伝で 娘達のガードは至って堅いのだった・・・

(・・・あっ)
厳かな パイプオルガンの音が流れはじめ・・右側にある薔薇のアーチの下に人影が現れた。
新郎の介添え役であるベスト・マンとともに現れたのは カルロ。
静かに歩みを進め ヴァージンロードの近くへ佇む花嫁である蘭世の登場を待つのだ。
白いタキシードは着慣れた彼だが、今日の白は一段と引き立ちその横顔は神々しいほどに

(素敵・・・!)(カッコイイ・・・)
(いやん蘭世のものになっちゃうの?!うらやましすぎるわね・・!)
思わず 新婦側の女性陣に 淡くざわめきが走ったことは 言うまでもない
牧師が思わず咳払いをしたことは 致し方なきことか。

(おとうさん・・大丈夫? やっぱり顔色悪いよ・・)
(う・・・ぁ だっ だいじょうぶだ・・よ)

参列者達の後方 ガーデンの入り口に立った蘭世は心配そうに横の望里へ囁く
吸血鬼の望里にとっては キリスト教の結婚式 父親は いかんせん酷な役まわり
だが 望里は自分でやると宣言したのだから 仕方ない

簡単な祭壇をガーデンに運び入れているのだが 初めは台の上に大きな十字架が置かれていたのを
望里を気遣って蘭世が外すか小さなものに変えて下さいとあらかじめ頼んでいた。
だが、そこに立っている牧師の胸には 燦然と十字架が輝いている

周りの者は緊張して脂汗をかいていると思っているだろうが
その実は・・・

(牧師さんの正面ゆっくり歩くの辛いよね・・少し速く歩こうか?)
(いっいかん そんなに急いでカルロに蘭世を渡してなるものか)

パイプオルガンの音が華やかな色を帯びれば 花嫁入場の合図。
そして介添人であるプライド・メイドの女性達の先導で蘭世と 父親である望里がヴァージンロードを歩んでいく

今度ざわめくのは新郎側のほう。
(まあ・・綺麗な・・かわいらしい・・・!)
(高校生の花嫁らしいな・・・カルロの奴 一体どこであんな初々しいお嬢さんを?)
(・・・可憐だ)


華やかな音の波の間を しずしず しずしずと 歩みを進める
伏し目がちに歩を進めるけれど ふと目を上げたとき ヴェールの向こう あの人が佇んでこちらを見守っているのが見えた

やがて望里と蘭世は カルロの側まで歩みをすすめ
望里は蘭世の手を取り そして カルロの差し出す手へと 万感とともにそれを委ねて

(蘭世を・・たのみます)

黙って でも心こめた表情で カルロは頷く

祭壇までの道を ふたりは並び腕を組んで 進んでいく
蘭世のヴェールが ドレスが キラキラ キラキラと光を放つ

新郎・新婦が祭壇の前に並ぶと牧師の促しで 一同が席から立ち上がる・・・


牧師の言葉を 胸に一つ一つ 刻んで

「ダーク=カルロ 汝は、今、この女子を妻としようとしています。
 汝は、真心からこの女子を妻とすることを願いますか」
「はい」

「江藤蘭世 汝は、今、この男子を夫としようとしています。
 汝は、真心からこの男子を夫とすることを願いますか」
「・・はい」

宣誓を厳かに行い 指輪が運ばれてくる
カルロは一点のよどみもなく 優美な仕草で蘭世の左手を取り、
その繊細な蘭世の指にぴったりの指輪をはめる

蘭世もカルロの大きな左手をそっと小さな左手に取る
(ダークの手・・あらためてみると やっぱり素敵)
無骨すぎず かといってなよやかすぎず
実にバランスがとれていて 器用そうな 手

 男らしい大きさの指輪を右手にとり カルロの左薬指へと運ぶ

(練習したのに・・・なんだか緊張・・!)
小刻みに指が震えてしまう。
抑えようとすればするほど 震えは止まらない。
”この人を私の夫にする瞬間”
そう思えて 心が感動で震えている
カルロは優しい眼差しで 蘭世を見守っている

(・・・できた!)

なんとか取り落とすヘマもせず カルロの薬指に指輪をはめた瞬間 蘭世に笑顔が戻る
するとカルロは 牧師の言葉も待たずに蘭世のヴェールをあげ
”誓いのキス”をする

(なんだか・・・誓いのキスにしては濃厚だなぁ)
参列者の誰もが そう思ってしまう。
ディープなどではなかったけれど 心溢れて じんわりと ゆっくりと
カルロは蘭世に唇を重ねているのだった

牧師の宣言も終わり 蘭世はひたすらうれし涙を流す
  カルロは真白なハンカチをとりだし そっとその涙をぬぐってやっていた

ふたりは腕を組んでガーデンから退場する
ガーデンを抜けたところで 皆がふたりを祝福する
花びらとライスシャワーを浴びながら カルロと蘭世は丘を下っていく・・・
明るい日差しも 島を渡る風さえも ふたりを祝福しているよう。

ウェディングパーティの準備は もう 万端
主役たちの登場を待つばかり。


第四話

『おめでとう・・おめでとう!』

式が終わったそのあと カルロと蘭世は腕を組んで皆の前に現れる
祝福の 花びらとライスシャワーが舞う。

蘭世は手にしていた カサブランカと蘭と、そしてひっそり隠された魔界の花でできた
極上のブーケを 皆の方・・女性の居る方へと 投げた
”私の幸せが あなたにも訪れますように!!”

「・・!」

それをキャッチしたのは、タティアナと・・神谷曜子。
同時にそれを手にしたふたりは一瞬火花を散らし・・次に愛想の笑顔をお互い作って
なかよく 半分こと相成った。



明るい午後の日差しが少しその色を柔らかくしたころ パーティは始まる

結婚式のために集まった人々が 一堂に会し 主役の登場を待っている
ふいに空気が動き 皆が歓声を上げる
カルロと蘭世の登場だ。

カルロは挙式したときの純白から 少しの銀を含んだ白・・
まるで蘭世が式の時に来ていたような色合いに
  もうすこし銀を含ませた色目のタキシードをすっきりと着こなし
蘭世の方は 花嫁らしく 裾のふんわりと拡がった 淡い紫のドレスで。
髪飾りには 色とりどりの小さな蘭と 大きな百合とが揺れている
カルロの胸元にも 同じ種類で作った 小さな花束が飾られていた。
カルロはおだやかな表情で
  そして蘭世も少し恥ずかしそうだが可愛らしい笑顔で 皆の歓声に応える

”乾杯!”
音楽隊が華やかな音楽を奏で 色とりどりの料理と飲み物が供される

クラシックでも 若い娘達の耳に優しいヨハン=シュトラウス2世のポルカやワルツがパーティの始まりを盛り上げる

カルロと蘭世の周りに ボスたちが集まる
「やあ お前の花嫁を良く見せてくれないか なにやらとても可憐で可愛らしいぞ」
「・・こんにちは。宜しくお願いします」
何度かカルロと出席したパーティで見かけた人物も有ればまったくはじめましての男もいる。
そのなかで 50くらいの痩せた 鼻ひげの紳士がしみじみと言う

「カルロ・・おまえ一体どこでこんな妖精のような娘さんを見つけてきたんだ?
俺達の業界にいると どうもすれっからしばっかりに当たるんだが どう見ても
このお嬢さんは清い深窓の令嬢じゃないか」

しかもこんなに瑞々しく若い。カルロも若いがさらにこんなに若く、ウブい。
アップにした髪のうなじが白くて 眩しすぎる。

「なあ、俺は女性の一番美しい盛りは このお嬢さんの年齢みたいな
16から19なんじゃないかと 常々思って居るんだよ そう
20は満開の薔薇だが その直前というのが 一番瑞々しくて
  なによりも花開いていくその様子が美しい。しかもこのお嬢さんはそんななかでも
とびぬけて綺麗じゃないか」
「///」

蘭世は返答に困り 褒められすぎて真っ赤になっている

「なあ、どうやったらこんな天使と出会えるんだね 俺にあとでいいから
 こっそりおしえてくれないか」

社交辞令をはみだして 少し熱意のこもったその説に カルロはふっ と微笑み
初々しい花嫁の肩を引き寄せ 小さな額に そっとキスをする

「それは 神のお導きですよ まったくもってね 私にも説明は出来ない」

さらりと そして笑顔だけは添えて失礼のないように・・受け流すのだった

やがて音楽はクラシックからモダンなものにうつり
  ゆったりとしたジャズで チークタイム
カルロ側の来賓は 既婚者が多く 彼らは夫婦で参列している
  その紳士淑女が手に手を取って 抱き合って踊り始める

若い娘達は遠巻きにそれを見ている 不思議な そしてあこがれる大人の世界を

ひとり神谷曜子だけは 物怖じせずに大人達の間に混じり
  英語で彼らと談笑し・・・
そのなかの数少ない独身のひとりとダンスするチャンスを勝ち取っていた

(蘭世ったら私を差し置いてあんなとびきり素敵な人をゲットしちゃって・・
はっきり言って悔しいじゃない 見てなさいよ この私だってやるときゃやるのよ!)

曜子は新婦側の招待客だから すなわち独身男性である風間力の姿は 今日はないのだが・・・
一方楓の方は ひとり取り残され 困った顔で壁の花になっていたのだが
気づいた蘭世が声をかけ 一緒に美味しい料理を皿に沢山とって
  あれこれ話ながら美味なそれをつまんでいた
「ねえ蘭世。新婚旅行はどこへ行くの?」
「うん・・1ヶ月くらいかけて 世界中見て回るんだって」
「ええ!? それって世界一周ってことじゃない?」
楓の声が驚きでひっくり返る
「さすが金持ちよねぇ・・・」


やがて夕刻になり 宵闇がせまってくる
日が落ち 空が濃い藍に変わったとき 高らかなファンファーレに続いて
夜空に花火が いくつもいくつも打ち上げられ始めた


夜空に 色とりどり 大小さまざまな華が開いては消えていく
客人達は それを丘の上 見晴らしの良い場所から皆同じように
夜空を見上げ 歓声を上げている

その 少し後ろで カルロと蘭世は寄り添っていた。
既に何度めかのお色直しを終えたふたりで
黒のタキシードと イブニングドレス姿で
皆と同じように空を眺めていたのだが・・・

「やっぱり ・・・こわい」
幸せ一杯の席なのに 蘭世は眉根を寄せ両腕で自らの体を抱きしめる格好をする
花火が開いては 蘭世たちの姿を明るく映し出しまた闇に吸い込まれ消えていく

気分が悪いのか、と問うても 蘭世は静かに首を横に振るだけ

”幸せすぎて ばちがあたって
  またダークが遠くへ行ってしまったらどうしよう”

そう言って不安げな表情をする花嫁に カルロは心配顔・・
それは マリッジブルーにも似て
カルロは 蘭世が少し前に同じ事を言って不安顔だったことを ふと思い出す
その不安は やはりまだぬぐいきれていなかったのだ


第五話

”またダークが遠くへ行ってしまったらどうしよう”

「ランゼ それは違う」
”私は今日 お前の側に 未来永劫いると 神に誓ったんだ
どんなことがあっても。”

カルロがそう言っても 蘭世から不安は消え去る気配がない
(・・・)

「ダーク・・いま 私はね もうこれ以上はないと思えるくらい幸せなの
 こんな幸せを体験しちゃったら これから先 どうしたらいいかわからない」
「・・・”どうしたら”とは?」
「うん・・これからは なんか その・・くだる一方で
   怖いことが一杯待っているような気がするの
 もし 本当にそうだったらどうしよう・・上手く言えないんだけど」

カルロは、ただやみくもに愛を口にしても無駄なことに気づく
ならば。

「ランゼ。良く聞きなさい」

いつもはどちらかというと寡黙なカルロが 静かに語りはじめる

「たしかに・・ランゼの言うところの”怖いこと”は 有るかも知れない」
「えっ」
意外な返答に 蘭世の顔に緊張が走る
その横顔に カルロは続けて語りかける
「  ふたり今 まだはじまったばかりなことに
 気づかないか ランゼ。
 今はお互い知っているつもりでも 良いところしか見えていないのかも知れない
 だから
 これから先 どんなに平穏を願っていても
 たとえ 生活がどんなに満たされていても
 お互い心がすれ違ったり 誤解を生じたりする事があるだろう
 そういうときは きっとお互い 苦しむだろう」

夢の世界から ぐっ と一気に現実に引き戻されたような気がして 蘭世は不安になり
それでもやっぱり カルロの懐に寄り添い そして首を横に振る
「そんなこと 言わないで・・・怖い・・」
言った端から すぐ現実になってしまいそう・・。

すがりつく蘭世を カルロは愛おしく思い腕に包みこむ
「ランゼ、そういうときには 牧師の言葉を思い出して欲しい

 『汝は 神の教えに従い、清い家庭をつくり
  夫としての分を果たし、常に汝の妻を愛し、敬い、慰め、助けて
  死が二人を分かつまで健やかなるときも、病めるときも、順境にも、逆境にも、常に真実で
  愛情に満ち、汝の妻に対して堅く節操を守ることを誓約しますか。』

”健やかなるときも 病めるときも”

さっき 私とお前は神の前で誓っただろう ”Yes”と。
この”Yes”は けして軽々しいものではない」

カルロが語る すこし引き締めるような言葉に 蘭世は思わず顔を上げ背筋を伸ばす

「 外からの障害に立ち向かうよりも
 お互いの間・・そして己の中から生まれ出づる葛藤に立ち向かう方が
 ずっと苦しく難しい
 そういうときに 我々は神に試されるのだ ”Yes”の心意気を

 それでも
 ふたり添い遂げると誓ったからには
 どんな障害も心に渦巻く葛藤も なんとかして乗り越えていこう
   ふたりがいつまでも一緒にいられるように

 ふたりでいることが 幸せだと今 感じたならば
 未来永劫そう思っていけるように 私はあらゆる努力することを神に誓ったのだよ」

(・・・・)
「 そして この誓いは私ひとりのみの力で成し遂げられるとは思っていない ランゼ。・・・わかるか」
ここまでカルロが語ったとき 蘭世の表情が動いた

ダーク・・!ああ ダーク。

こういうときに この人の生きてきた厚みを思い知らされる

そう 私も同じ事を 神様に誓ったのだ
”健やかなるときも 病めるときも”
”妻としての分を果たし、常にあなたの夫を愛し、敬い、慰め、助けて”

「そう・・わたし ごめんなさい 自分のことばっかりだったみたい」

そう 貰う幸せだけじゃなく
私も あなたに与える幸せを・・

「これは言葉で口にするほどは簡単ではないんだ ランゼ」
カルロの方は 自分が言ったことを 蘭世が100%理解するにはまだ若すぎると思っている。それでも何か気づいてくれればいい・・・

ギブアンドテイクではなく 無償の愛を
幸せの時だけでなく不幸なときにもお互いを助け許す心を

「うん・・・私って 頼りないから うまくいかないときもあるかも・・大丈夫かなぁ・・・」

いつになく真剣に深刻になって蘭世は自分の薄っぺらな手のひらを見つめる
「なんだか すっごく頼りないもの 私」
その顔を見て カルロはクスリと微笑み悪戯っぽい顔に。

「ランゼ。お互いを思いやる心があれば大丈夫だ。
それよりも・・ランゼ。私はまだここ(人間界)へ戻ってきたばかりだ
まずは この私も もっと幸せにしてくれないか」

そしてその声も心なしかおどけていて
カルロはひょいと蘭世を両腕に抱きかかえると 花火と群衆にくるりと背を向ける

「幸せに?・・・もちろん!!」
蘭世は思いきりこくこく・・と頷く。
手の届くことなら できそう。
あなたのことを一生懸命思って 動くことならいくらでもできる・・と 思う。
「ダーク・・・うん。私も・・精一杯、がんばる。ダークがもっと幸せでいられるように」

「よかろう。では」「?」

くすくす笑うカルロのたった今考えていることと 蘭世の真面目な心意気の内容にはほんのすこし差があるらしい。

「心が少し離れたと思ったとき その距離を縮める方法というのも あるんだ 男と女の間にはね」
「・・・それはなあに?」

カルロは返答せず そっと蘭世の頬にキスをする。

白い階段の上に敷かれた赤い絨毯を踏みしめ カルロは蘭世を抱き上げたまま白亜の屋敷へ向かう
カルロが進み行くところ 従者は全て頭を下げる

ウエディングパーティーのフィナーレは 花火で彩られた
客人はその美しさに酔い 今日の日をしめくくるだろう

そして主役のふたりは 彼らよりも一足早く ひそやかに幕を引く
屋敷の入り口から広いロビーを抜け 渡り廊下へ歩を進め・・・屋敷のはなれへ
蘭世を抱えたカルロの広い背中 その後ろ姿が 消えた

そう、これからふたり 長く甘い夜と 長い日々が 始まるのだ。

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